健全な食ってなんだろう?

いつも、食品を購入する時は、品質表示を見て添加物含有物などをチェックしてしまいます。
添加物にどのくらい知識があるの?というところですが、まぁ、書店の平棚に並ぶ本パラパラ立ち読みする程度です。
また、この手の本やTVの健康番組を見るのが好きな母の話も知識の一つになってます。

完璧な安全な食品を求めるのは無理だと思っても、やっぱり頭の中では少しでもそれを求めたいと思ってしまいます。
それは、日頃、食品に関して莫大な情報により、”この〇〇は危険”だ!と刷り込まれていることで、自ずと安全安心の欲求が生まれてしまうからでしょう。
オーガニック商品や、様々な高めの商品なら大丈夫かな!気は心で、単純にもそう思うことで奮発して買ってみたくなります。

確かに”本物”といわれる食品、そして天然素材を使用して作られたものは美味しい気がします・・・。
しかし、良いもの=高価となると、経済的には長くは続かないものですね。
購入が続いている内は、健全な食生活をしているつもりでいられるのですから、何ともおかしなものです。
安心安全の食生活と経済力は比例しているものなのか?
たまに変なことを考えます(笑)

私は子ども時代、駄菓子屋さん通いをして、食べ物とは思えない色の強いお菓子とか人工的なもの?をたくさん食べていました。
今さら添加物が怖いだって?何を言うか?くらいの感じですよね(笑)
その頃の駄菓子屋さんは、地域、地域外の子どもの社交場みたいなものでした。
そこにある駄菓子は、今の様に個装ではなく、一見怪しくて、おもちゃの様な食べ物ばかり。いくら子どもだましのお菓子といえども、不味いかどうかくらいは子どもの味覚でも感じます。
友だちと食べれば苦味がある不味いものも美味しいし、楽しかった思い出があります。

駄菓子を食べることが目的だったのか?
というとそうではなかった気がします。家には親が買い置きしたお菓子があったので。

もしかすると、そこに行けば、友だちと「おいしいね?」「これ面白いね!」「赤いのはどんな味?」…舌が真っ赤で笑う・・・
そこでは楽しい時間を共有し、共感したり、そして、仲間意識を高めたりするのが目的だったのかもしれません。
それは、子どものコミュニケーションの天才的な本能でやっていたことで、それを無意識下で必要として察してやっていたことなのかもしれません。

NLPでいえば、「ペーシング」や「バックトラッキング」等のラポール形成のスキルです。
高度なコミュニケ―ションのテクニックを日常の遊びの中で習得していたのですね。本能って素晴らしいなぁ。
※子どもが本能で学ぶ大切な場、親の許容範囲内で与えてあげたいものです(←これは余談)

食の話に戻りますが・・・
今、気づいたことですが、身近なファミレス、居酒屋、コンビニなども私の子ども時代の駄菓子屋さん感覚なのかもしれないです。
そこには、外国産の食材、科学調味料などの使用はあるかもしれない・・・
そんな懸念は多少あるにしても、居酒屋さんでの仲間の飲み会は楽しいし、リーズナブル!ファミレスのランチは美味しいと思うし、飲み物豊富で、長居も出来ます。
コンビニは多少高い気はするけれども、”便利”であることに価値があり、そして親しみやすい。
それらは、もう生活には欠かせない必須の存在になってます。
日頃、表示を見て買わないものを、違うところでは美味しい!と頬張っていたなんてことは、たくさんあるようです。

この無意識の中で起きている、”二次利得”。
これすごく人間のっぽくて面白い。

”人は脳で食べている”・・・そういうことです。

なんだか、膨大な情報に左右されて自分の食の自由を奪われているような、もののあわれさを感じます。

この他愛のない自分のブログを書いていて気づいたことです。
情報に振り回されないで、根本から自分の欲することを考えてみようと。

生きるために食べるとは?
心を豊かにしてくれる食事って?
自分を生かしてくれる食べ物とは?

というように、なぜ私は食べるのか?と考えてみると、自分の摂取に対する価値観が見えてきます。
NLPの「メタアウトカム」という言葉を使うと、より明確な答えがでてきます。

また、自分でできることは自分の五感を信じること。
いけないものを食べれば、ちゃんと体が反応をしてくれるので、五感(視覚・味覚・嗅覚)を使い、体と対話、コミュニケーションするのも大切です。
自分の体は自力で守っていきたいものです。

昔、高校生の時、鈴木その子さんの著書「食べたいときは食べなさい」という本を読みました。
その本には「ごはん」をおにぎりにして、夜食を含め5個食べなさいと書いてありました。
その子さんは、食べないダイエットをしたお子さんを亡くした経験があります。
この本は、過激な食事制限のダイエットの危険性を世に知らしめる為に、”警告”として書いたそうです。

今や、”炭水化物ダイエット”は常識的で、ダイエットの主流となっていますが、私はその「ごはん」で5Kgのダイエットに成功しました。
今もこの方法は私には合ってるし、正しいと思っています(笑)
何がその人にとって合ってるかは、自分の体の反応でわかるものです。

”何を食べるか?”という問題より、”どのくらい食べるか?”
つい食べ過ぎてしまう私の大事な課題です。

何を食べても良いから、食べ過ぎに注意ということ。これにつきます(^^;)

飽食の時代にも食の悩みがつきません。罰があたりそうですね。
今、健康で生きていることは、とてもありがたいことです。

最後に・・・
以前、「森のイスキア」の故佐藤初女さんとお会いした時に教えて頂いた言葉です。
「人は生かされている」。
生きることは食べることであり、命は命によって生かされる・・・